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【ぎょうざ雑記】「わかってほしい」をやめたら「わかってもらえる」ようになった話

みなさん、こんばんみ~。ぎょうざです。

例によって、まずは結論から。相手へのコミュニケーションにおいて、ぎょうざは

「わかってほしい」を手放し、「つたえる」ことに集中したら「わかってもらえる」ようになりました。

突然ですが、プライベートや仕事などで相手に対してこう思ったことはありませんか?

自分はこんなに一生懸命なのに、なんで分かってくれないの?

執着してしまう相手には特に、こんな憤りを感じてしまうこともあるかと思います。

ちなみに、ぎょうざは日常茶飯事です。

恋愛系のドラマや映画であれば印象的なワンシーンになりますが、

残念ながらみなさんが生きているのは、ノンフィクションな現実の中です。

タダでは誰も慰めてくれませんし、画面の向こう側に哀れんでくれる視聴者もいません。

しかしながら幸運なことに、自分の考え方は時間をかけて訓練すれば変えることができます。

それでは、長文お付き合いくださいませ。

【目次】

<第一章、「わかってほしい」は自分の領域>

私たちは日常生活の中で、他者に「わかってほしい」という気持ちを抱くことが多々あります。たとえば、職場での意見の違い、家族や友人とのすれ違いなど、様々な場面で自分の考えや感情を理解してもらいたいと思うことがあります。しかし、この「わかってほしい」という感情は、実は私たち自身の内なる欲求から来ており、他者には直接的な影響を与えにくいものです。

心理学者のカール・ロジャーズは、「自己受容」という概念を提唱しました。彼によれば、他者に自分を理解してもらいたいという欲求は、自分自身が自分を受け入れていない場合に強まる傾向があります。つまり、自分の価値や感情を他者に認めてもらうことで、自分自身を確認しようとするのです。この「わかってほしい」という感情は、他者からの理解を得ることで自己を強化しようとする一種の防衛反応とも言えます。

しかし、このようなアプローチでは、他者とのコミュニケーションが一方通行になりがちです。自分の考えや感情を押し付けるような形で「わかってほしい」と願うことは、相手にプレッシャーを与え、逆に理解を得ることが難しくなることがあります。哲学者フリードリヒ・ニーチェが「権力意志」と呼んだように、自分の意見や感情を他者に押し付けることは、無意識のうちに力を行使しようとする行為に他なりません。

このように、「わかってほしい」と強く願うことは、実は自分自身の欲求を他者に投影しているに過ぎないのです。まずは、この欲求が自分の内面から生まれるものであり、他者に対してコントロールできないことを認識することが重要です。

<第二章、「わかってもらう」は相手の領域>

一方で、「わかってもらう」は相手の領分、相手にしか決められない領域なのです。

「わかってほしい」という欲求に向き合った後、次に考えるべきは「わかってもらう」ための方法です。ここで重要なのは、「わかってもらう」という行為が、相手の領域に属するものであり、私たちが直接コントロールできるものではないということです。

心理学者アルバート・メラビアンが示した「メラビアンの法則」によれば、コミュニケーションにおいては言語的要素(言葉の内容)が7%、聴覚的要素(声のトーン)が38%、視覚的要素(表情や身振り)が55%の割合で相手に伝わるとされています。つまり、言葉だけでなく、相手が受け取る情報の大部分は、非言語的な要素に依存しているのです。これにより、私たちが「わかってもらう」ためには、相手がどのように情報を受け取るかを考慮する必要があります。

さらに、哲学者マルティン・ブーバーの「対話の哲学」においても、真の対話は相互理解によって成り立つとされています。相手に対して理解を求めるのではなく、まず相手の立場や視点に立つことで、自然と相手もこちらの意図を理解しやすくなるのです。これにより、相手が自発的に「わかってもらう」プロセスが促進されます。

「わかってもらう」ためには、相手に対する共感と配慮が欠かせません。相手の状況や感情に対して敏感になり、それに基づいてコミュニケーションを取ることで、相手が自ら理解する意欲を持つようになります。

<第三章、あなたは「つたえる」だけに集中すればいい>

そして、「つたえる」は自分の領分、自分の力によって相手に「わかってもらう」準備を作ることのできる手段です。

「わかってほしい」という欲求を手放し、「わかってもらう」ために相手の領域に任せた後、私たちが最終的に集中すべきは「つたえる」ことです。ここでの「つたえる」は、ただ単に自分の意見や感情を述べるだけではなく、相手が理解しやすい形で情報を提供することに重点を置くことです。

そうなんです、最後に私たちが行うべきことは、シンプルに「つたえる」ことへの集中なのです。

「つたえる」ことに集中するというのは、自己の感情や意見を相手に押し付けるのではなく、シンプルかつ明確に、そして共感を持って伝えることを意味します。コミュニケーション研究の分野で知られる心理学者アラン・ウィルソンは、効果的なコミュニケーションのためには、「シンプルさ」と「明瞭さ」が鍵であると述べています。これにより、相手は無理なくあなたの意図を理解することができ、結果として「わかってもらえる」状態を作り出すことができるのです。

また、科学的な視点からも、「つたえる」ことに集中することの効果が確認されています。ある研究では、相手に自分の考えを押し付けず、ただ明確に意見を伝えるだけで、相手の理解度が大幅に向上することが示されています。この結果は、シンプルなコミュニケーションが相手の認知的負担を軽減し、より深い理解を促進することを示唆しています。

したがって、他者に「わかってもらう」ためには、まずは自分が「つたえる」ことに集中し、相手が理解しやすい形で情報を提供することが重要です。そうすることで、相手は自発的にあなたの意図を理解し、自然と「わかってもらえる」ようになるのです。

〆のひと言

「わかってほしい」という強い願いを抱くことは人間として自然なことですが、
その思いを他者に押し付けることは、必ずしも効果的ではありません。
むしろ、相手の立場に立ち、共感を持って「つたえる」ことに集中することで、
自然と「わかってもらえる」ようになるのです。このアプローチは、コミュニケーションだけでなく、
さまざまな人間関係においても有効です。
次回、誰かに自分の考えを理解してもらいたいと感じたときには、「わかってもらう」ために自分ができることに焦点を当て、
シンプルに「つたえる」ことに集中してみてください。
それが、より良い人間関係を築くための第一歩となるでしょう。
その行為は誰が主語になっているか、振り返る余裕があると少しだけ楽に生きられるようになります。

ここまで長文読んでいただき、ありがとうございました。

以上、ぎょうざでした。